1月23日

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天気 快晴 気温-8度

穏やかに晴れています。
昨日はお街では大変な大雪のようで、皆さん里でこんなに大雪なら山はもっと凄い大雪と思われますが10センチ程度の積雪です。
雪の降り方は里雪タイプと山雪タイプに分かれます。
山は25日の方が降ります。

2月21日土曜日は焼額でのファイナル、男子回転が行われました。
前年のワールドカップ志賀高原大会で4位入賞した木村公宣が表彰台に上がるかもしれないで満員の入りでした。
しかも天皇陛下も御臨席されました。
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写真は競技開始前に行われた地元の小学生による参加国のフラッグセレモニーです。

競技開始前に、ものまねタレントの清水アキラが会場を盛り上げていました。
天皇陛下も波のように端から両手を上げるウエーブにも参加されていました。
ゴールのフニッシュライン脇の一等席から見る事が出来ました。
長い競技役員人生の最後にふさわしくフニッシュさまさまでした。
残念ながら木村公宣は13位に終わりましたが、ギャラリーが大勢いるスタンドに向かって手を合わせて謝っている姿は目の前で見る事が出来、心に焼き付いています。
国内開催の重圧たるや凄いと思います。その押しつぶされそうなプレッシャーの中で13位は立派だと思います。

その木村公宣が滑る2本目(2本滑って合計タイムで競います。)だったと記憶していますが、前に書きましたプリンス東館前に有った受付のボランテアをされている田中さんがボランテア仲間を引き連れて、ひょっこり私のところに来ました。
受付のところは観客は居ませんので、世紀の瞬間に立ち会いとお見えになったようです。
その時は深く考えずに選手が滑って来ると光電管のスイッチを入れていたのですが、ヒョット見ると私の横を通り過ぎて上に登って行こうとした観客が紛れ込んでいました。
慌てて付近にいた警官にその事を伝えたのですが、大阪府警から派遣され天皇陛下の警備の警官でしたので事情が呑み込めなかったようです。
直ぐに競技エリアの警備のボランテアも気がついて戻るように注意したのですが、なかなか戻ろうとはしませんでした。
一般のギャラリーエリアは押すな押すなのすし詰め状態です。
本人にすれば高い入場料を払ってガラガラの競技エリアに入り込んでしまえば、すし詰め状態のところに直ぐには戻ろうとしません。
受付のボランテアの方がヒマなので折角の機会なので見ようと来て、それじゃ私たちもで制限エリアの警備のボランテアの方も持ち場を離れて来たのが原因のようです。
ボランテアのADカードでは競技エリアに立ち入る事は出来ません。観客エリアまでしか入れません。

あの時は怖かったです。
変な夫婦?ぽかったのですが警備のボランテアに注意されても戻ろうとせずタイムを測る光電管の前を横切ろうとしました。
本人にすればゴールを横切ってギャラリーエリアに戻ろうとしたのかもしれませんが、選手と重なればタイムも測れませんし選手との接触も考えられます。
そんな事態になればオリンピック史上最大の汚点になります。

ボランテア募集の要項に競技は見れないと入っていますが、暇な時は見て見たいと思うのが人情です。
同じボランテア仲間が見に行けば私もになります。
あくまでもボランテアですので責任は有りません。
競技会場の制限エリアの警備はボランテアでは難しいです。

競技終了して後かたずけを終えて解散したら、無常にも庶務より「お疲れ様でした。現在焼額から上林まで大渋滞しています。」と放送が入りました。
土曜日でしたのでオリンピック観戦以外でも大勢のお客様がお見えになっています。
焼額でも現在のオリンピックコースとジャイアントスラロームコース以外は制限が掛かっていませんので、お客様も滑る事が出来ました。
大回転で使った東館も一般開放されていました。
そりゃーオリンピックで盛り上がり週末ですので上林まで大渋滞してもおかしくありませんでした。

その晩はタイミングチームの打ち上げです。その様子は明日へ

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1月22日

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天気 くもり 気温-15度

夕方から寒気が入り込み雪が降りましたが寒気の雪ですので大した事は有りません。
その代り気温は例年並みに戻りました。
今回関東方面のお客様は大雪の予報で戦々恐々とされていると思いますが、平成26年2月の寒気より今回の寒気の方が大きいそうです。

2月19日に東館山では男子大回転、そして焼額では女子の回転と同時に2種目の開催になりました。
女子の回転の時は志賀高原出身の1988年のカルガリー、1992年のアルベールビルオリンピック選手、山本さちこと2人でフニッシュラインに並んで仕事をしていました。
さちこはフニッシュ係長でしたので、ちゃんと選手がゴールするのを見届けるのが仕事でしたし、私は選手がフニッシュラインを通過する時だけタイムを測る光電管のスイッチを入れるのが仕事でした。
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選手が滑っている間は、さちこに新世界地理を伝授して頂いておりました。
昭和時代に世界地理を習った世代ですのでスロベニアだ、クロアチアだ、ボスニアだと選手の国籍を紹介されても判りません。
1989年のベルリンの壁崩壊以降、東欧諸国や旧ソ連が色々な国に分裂して世界地理が劇的に変わりました。
もちろん選手がゴールする時は2人とも沈黙で仕事をします。
そして選手がゴールして、さちこからどう言う国かレクチャーを受けていました。
さちこの知り合いの選手も現役で滑っていたので、その話もしてくれました。

さちこは私だけとしゃべっているように思えますが、私の頭にはタイミングルームと繋がっているインカムが付いています。
私がしゃべっている声や、さちこの声はタイミングルームに筒抜けになります。
タイミングルームからは、あれも聴いてくれ、これも聴いてくれと私のヘッドホーンには音声が聞こえます。
さちこはインカムを付けていないので、私とだけしゃべっていると思っていました。
ゴール脇の一等席で、元オリンピック選手に解説して頂けたラッキーな立場でした。
おまけに会場内禁煙ですがタイミングルームの裏には役員用の喫煙エリアが有りましたので、タバコを吸いたければ直ぐに行って戻れる場所でした。
フニッシュ係は私にとって最高のポジションでした。
しかも責任ゼロです。部下は居りません。 「私、失敗しないので。」

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1月21日

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天気 快晴 気温-8度

今晩から南岸低気圧の影響で全県的に雪の予報が出ています。
南岸低気圧は里雪パターンなので山は大した事は無いと思います。
しかし東京に南岸低気圧で雪が降るのは教科書では3月です。
今週半ばには今シーズン一番の寒気が入り込む予報です。
極端な天気は困ったものです。



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1月20日

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天気 快晴 気温-8度

今朝はあまり冷え込まず3月の雰囲気です。
お客様が大勢お見えになる土曜日天気が良いのは有り難いです(^_^)v

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1月19日

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天気 くもり 気温-10度

夜降って日中晴れるパターンです。
ようやく気温が下がり始めましたが気象庁からは来週から異常天候早期警戒情報が発表されて今度は今年一番の寒気がしばらく続くようです。
あまりにも極端な天気は本当に困ったものです。

ワールドカップの時は仮設のスタンド型の観客席は無かったのですがオリンピックの時は作られました。
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ワールドカップの時は役員の控室はタイミングルームの横のプレハブの資材置き場が控室変わりでした。
ところがオリンピックの時は仮設スタンドの中に役員控室が作られていました。
中には診療所なども入っていたと思うのですが、私たちは昼飯だけ食べに行っていましたので中は覚えていません。
他の役員のように控室集合で、しょっちゅう控室に居ればもう少し詳しかったと思います。
ただ中は迷路のように作られていました。時々控室に行く道順が変わります。
実は、天皇陛下がお見えになられるので、そのために複雑な構造として作られていました。
奥志賀のグランフェニックスも皇族がご利用になられる事を前提に設計されていますので色々な工夫がされています。
例えば男湯と女湯は中の休憩室で繋がっています。
万が一、暴漢が押し入っても逃げれるようにです。
第一次世界大戦のキッカケはオーストリーの皇太子の暗殺から始まりました。
豪華差より警備のしやすさが一番重要になります。
天皇陛下が行かれる場所は1年前から警察の警備課がマンホールの位地までも調べ尽くしています。
天皇陛下の休憩室も前を通っていた時は、まさかそんな部屋だとは気がつかないくらい質素な部屋でイスとテーブルが置いて有りました。ドアは無かった記憶があります。常に中が丸見えでしたので。
一度準備の間に避難訓練が有りました。
最初は手の空いている人は参加するようにとの事でしたが、全役員控室に集められて遣りました。
そりゃー消防さんもメンツが掛かって言います。
私たちは他の役員とは違いタイミングルームにいる方が大半で、お昼だけ食べに行っていたのに強制的に参加させられました。
スキー靴を履いたまま迷路の廊下を誘導されての避難訓練でした。
診療所には、たしか誰が風邪かなんかで行ったたらADカードを見せるだけで診察も薬代も無料だったと言っていた記憶があります。仮設スタンドの中にはトイレは有ったか無かったか覚えていませんが、外に設置してあった仮設トイレは仮設トイレの展示会かと思うほど色々なタイプの仮設トイレが設置されていました。
特に女性陣に不人気だったのは処理の仕方がパックにするタイプでした。
長い円筒形のビニールの中に使用毎にバックして処理するタイプでした。


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