9月4日

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天気 はれ 気温12度

朝方まで雨が降っていました。天気は回復していく予報ですが
今晩、西高東低の冬型気圧配置になります。
富士山では今朝、氷点下まで下がったようです。志賀は大丈夫だとは思いますが
アルプスでは初霜・初冠雪になるかもしれません。
まだ30度を超える地域があるようですが信じて貰えないでしょうね?
明日は、いちよう早起きをしなければ・・・・・


野反湖の翌年は切明への刈払いの予定でしたが、前にも書きましたが
1982年昭和57年の8月1.2日、台風10号が直撃して志賀高原山内
大災害になりました。寺小屋のスキー場は台風の前は3本の林間コースの
スキー場でしたが風速60メートル以上の風で木々が倒され現在のようになりました。

私共でも屋根が飛ばされたり甚大な被害が出ていたのですが8月5日くらいだと思うのですが
協会役員に召集が掛かり1日掛かりで池めぐりコースの復旧をしました。

私は、大沼池の池尻からレストハウスに行く道が崩れ通行できない箇所をスコップで
道を付けた記憶があります。

その年は、山内の登山道の復旧が優先で山岳救助隊の刈払いは山内登山道になりました。
1日目は寺小屋から大沼池に風倒木の処理です。
荷物は昼食とチェーンソーの燃料とオイルだけなので軽くて楽でしたが
チェーンソーお持ちの方は誰も交代と言いませんでした。
まるでチェーンソーに憑りつかれているようでした。
チェーンソーを持っていても普段そんなに木を切る事はありません。
横に倒れている太い木は上から下まで簡単に切れません。
ある程度刃が入ると木の重みでチェーンの部分が挟まってしまいます。
それを見極めて最後下から切ります。
失敗すると他のチェーンソーで横を切って貰わないと挟まったままになってしまいます。
そのタイミングがおもしろいようで、だれも交代と言いませんでした。

運べる大きさに切った風倒木を後ろから片づけるのが仕事でした。
私はチェーンソー係に気に入られ荷物持ちと燃料持ちを1日中遣っておりました。

日帰り2日間でも良いのですが、山岳救助隊の刈払いは1晩野宿の伝統があり
大沼池の湖畔でテントを張り1泊でした。
その時から各班で夕食を用意するようになりました、

テントや食事や個人の荷物は運んでくれました。
当時の大沼のレストハウスは池尻からボートで荷物を運んでいましたが
そのボートを借りたようです。

翌日は志賀山にと、その時は慰労会は無でした。
台風で甚大な被害が出ていたので気分的にも無理ですし
大沼池での野営が慰労会でした。

教育係の先輩は食糧班をされてくれたのですが、夕食はなんと鉄板焼きでした。
何と無く見覚えのある鉄板でした。

何と道路の側溝の蓋の鉄板でした。

周りにあり使えるものは何でも使うと言う教育をして頂きました。
ついでに、ホワイトガソリンのストーブ(コンロ)を買っていったのですが
ホワイトガソリンは登山用品で缶に入ったものしかないと思っていたら
工事人がよく行くスタンドに行けば売っている事も教えて頂きました。
ガソリンがリッター100円の時に登山用品店の缶に入ったの400円位しましたが
スタンドに行けば200円で買える事を伝授頂きました。

一つ場数を踏む毎にベテランになって行きました。
純粋無垢の青年もいつの間にか・・・・・続きは月曜日になります。

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