リンドウ

DSC_6613.jpg

時期的には盛りを過ぎていますがまだリンドウが咲いていました。

DSC_6614.jpg

もちろん、こんなかわいいキノコも
DSC_6615.jpg
毒キノコですが見る分には楽しいです。
秋山は歩いていてもいろいろ発見があり楽しいです。

ホーム

9月15日

DSCF9990.jpg

天気 快晴 気温10度

朝方まで霧に覆われていましたが晴れてきました。
来週のシルバーウィークも天気がよさそうです。
秋澄の空の下一足早い紅葉をお楽しみ頂けます。

遊歩道や登山道を開ける時は、冬 スキーで立木に目印を付けて
雪が消えてから刈払いをしたそうです。

志賀高原の場合、クマザサが2メートル以上の背丈があり藪の中では方向が判りませんので
冬、立木に付けた目印で刈進んで道を付けたようです。

そう言う話は、前に書きました刈払いの野宿の時 親ほど年が離れた先輩からお聞きしました。
昔はガミガミ 野宿の時なら「そんな苦労があったんだ」 
旅館に泊まっての慰労会の時なら「だからどうしたって言うんだ時代が違う」
同じ話でもそんなものです。

志賀高原には遊歩道整備にピッタリなシステム「お天馬」があり、そのような作業をする場合
1軒で1名、タダ働き怪我と弁当は自分もちと言うシステムがあります。

江戸時代は外様の真田藩の領地でした。
幕府は真田藩を監視するために中野市に天領を設けて監視しておりました。

道を直したり整備をする場合、真田藩では無く天領より直接お役人さまが
馬に跨り住民に此処を直せと指示を出しました。

幕府のお役人さまですので、逆らうなんで出来ません。
それで1軒で1名出て作業をしていたようです。
天領から馬で敬語を付けて「お天馬」と言うシステムが出来ました。

平成の現在も登山道や遊歩道の整備は江戸時代のシステムで
行っています。

もしそのようなシステムが無く、遊歩歩道整備のために資金を出し合い
道を整備していたら決算書に残り、志賀高原史に残っていたのですが
お天馬システムのため残っていません。だってタダなんだから・・・・・

各地区で、いろいろ登山道や遊歩道を作くっていましたので記録が残っていません。




ホーム

プロフィール

ホテル銀嶺

Author:ホテル銀嶺
志賀高原
たかまがはら温泉
白樺林の温泉露天風呂の宿

ホテル銀嶺

カレンダー

08 | 2015/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

ブログ内検索

QRコード

QR

にほんブログ村

励みになりますので興味がある方にポチッとお願い致します。

にほんブログ村

励みになりますので興味がある方にポチッとお願い致します。