11月6日

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天気 はれ 気温4度

昨日、非日常のリゾートでは何が起こるか判らない話を書きましたが
秋山郷方面に抜けようとしてお越しになり、途中の電光掲示板や立て看板で
助手席の奥様の方が先に気がつかれて車内で口ゲンカになり、道を尋ねに
お越しになられる方が多いのですが、人に教えを乞うのでは無く、口ゲンカの
八つ当たりに来られます。
私共に文句を言えば、たちどころに「これは通りすがり様おっしゃる通りです早速解除致します」
とでも言わせたいようです。残念ながら私共はそんな権限は持っていません。
人に貴重な時間とマップ等を差し上げたのに、ありがとうとか感謝の言葉も勿体ないと
車に戻ってケンカしています。して急発進したりバックしたりしています_| ̄|〇
折角の紅葉狩りも台無しだと想いうのですが・・・・・

スノーマシンは志賀高原には1978年昭和53年にジャイアントスキー場に導入されましたが
サンバレースキー場も早く、当時初滑りの時期になると入口のサンバレーには雪が有るので
お客様にすれば奥に行けばもっと雪があるだろうとお見えになられてスキー場を見て
Uターンしてサンバレーに戻っていました。
調べて判ったのですがサンバレーの方が先だと思っていました。
だって道路を走っていればサンバレーは見えますがジャイアントは見えません。
またサンバレースキー場の旧法坂リフトさんは常に一番でした。
長野電鉄は進駐軍の払い下げのリフトで丸池で営業していましたが
(払い下げの木造のリフトは撤去して立て替えていますが)
地元資本でリフトを掛けたのも一番早く1955年昭和30年営業開始ですし
ナイタースキーも1961年昭和36年に東京の秋葉原からライトを買ってきて
始めたそうです。もちろん日本で一番最初です。
遣って見なければどの位照明が必要か誰にも判りません。
話はそれましたが旧法坂リフトさんは先進的な会社でした。

高天ヶ原マンモススキー場に設置されたのは1988年昭和63年になります。
そのお蔭で11月の終わりから5月連休までは滑れるようになりました。
ただ地元に居ますと熊の湯に負けないように11月連休に間に合わせろ!!
とは言いたくなります。奥志賀のように入っていない地域の皆さんは
11月の終わりから滑れるだけ良いなと言いますが・・・・・



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