12月5日

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天気 はれ 気温0度

今し方まで霧雨が降っていましたが晴れてきました。
この土日お見えのお客様恵まれました。
この時期は天気が安定しませんが両日とも天気が良くお帰りになられる時間から雲ってきました。
きっと日頃の行いが〇の方ばかりだったのでしょうね。

西館山の下部にリフトが掛かったのは1979年昭和54年の事でした。
西館上部のリフトが掛かってから12年掛かりました。
理由は後日書きます。
でもスキー場としては滑れましたので西館で滑ってジャイアントに滑りに行って帰ってくる時は、発哺線リフトを使い、前に書きましたが道路を滑って西館に戻る事が出来ました。
昭和41年までは冬季道路閉鎖で車は走っていませんでしたが、車が走るようになっても1時間に1本のバスと、旅館に品物を配達する商人さんの車程度しか当時は走っていませんでした。
よく発哺のバス停と旧薬師の湯の間が急坂で、滑っていると顔見知りの商人さんから「坊ちゃんたち車押してくれ!!」と頼まれた記憶があります。
子供が押しても、たかが知れていて登らないのですが、一度ガス屋さんが荷台に乗ってくれと頼まれて乗った記憶がありました。
当時は駆動輪に荷重を掛ければグリップするなんて知識もありませんでしたが、荷台に乗ってもスリップしていました。
荷台から降りると「ありがとう。ガス屋なんて、暑い時と寒い時が書き入れ時でガス屋なんて、なるんじゃなかった」と愚痴をこぼしていました。
当時は、発哺のバス亭まで車を入れて、そこからソリに荷物を移し替えて引っ張って配達していた時代でした。
ガス屋さんも100キロ位ある、重たいガスボンベにロープを掛けて引っ張って配達していました。
たぶんその時は忙しくて薬師さんへの配達で思わず車を入れたが登らずに困っていたと思います。
お客様が車でお見えになるなど、だいぶ先の事です。
当時は4輪駆動はジープしかありませんでした。
ジープは4輪駆動なので雪道には強いですが、ホロタイプしか無く、風か吹き込み寒かったです。
いちよう運転席と助手席の間に、丸いダルマヒーターが付いていましたが手を当てれば暖かい程度で車内全体を暖める能力はありませんでした。
おまけに後ろのシートは進行方向に向かって横乗りなので乗り心地は最悪でした。酔います。
現在は路上スキー禁止ですが道路は車と人が自由に使えるものでした。
車が増えた事によって、路上スキーは危険と禁止になりました。


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