6月27日

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天気 くもり 気温14度

本日は南西から強い風に乗り、湿った空気が入り込み1時雨の予報も出ています。
昨日は真夏を思わせる炎天下の中、外で力仕事をしていました。
気温は20度位ですが、カラカラに乾いた喉のため水道の蛇口をひねり直接水を飲んでいました。
ふと思い返せば、中学生の時の部活や体育の時以来かもとその時の記憶がよみがえりました。
高校生になるとそう言う場面では、炭酸飲料をガブ飲みしていました。
大人になるとそう言うシーンは無くなりました。

植物園を下って来ますと、ニッコウキスゲが咲いている時なら一面のジュウタンになるブエモンを通ります。
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帰りにアライタ沢に降りますと、その先にブエモン沢になりますがその源になります。
ブエモンの地名はおそらく武右衛門さんと言う方がその沢で炭焼きか竹切をするために小屋を建てて住んで居たので付いたと思います。
現在、炭と言いますと焼き鳥かBBQ位しか思い描きませんが、電気やガスが普及する前は魔法の燃料でした。
家の中で燃やしても煙は出ませんし、炭の種類にもよりますがマッチ1本で火が点き、囲炉裏などの灰の中で離して灰を掛ければ直ぐに消えてまた使えます。
志賀高原の麓の沓野では、昔は盛んに炭焼きをしていました。
炭焼きの場合、石を積んで炭焼き小屋を立てますので付近にある程度炭に適した木々が有るところを選んで立てて、木々が少なくなると別の場所へと移って行きます。そのためかなり広大な土地が必要のようで、とんでもなく遠くまで沓野の山でした。
新潟と群馬の県境に三国トンネルがある三国山がありますが、そのあたりまで領有権を主張していたので3つ国の堺で三国山と名前が付いたと思います。
交通網が発達していない時代にそんな遠くまでと思われますが、雪に関係があります。
雪が積もると焼いた炭をソリに乗せて、馬に引かせて搬出する事出来ます。
道が無くても雪の上なら運び出すことが出ます。
沓野でも家系が判れていて、炭焼きの家系と竹切の家系そして、馬を飼っていて馬喰の家系と別れます。
上州と行き来をする草津街道は、関東と日本海側を繋ぐ重要街道でした。
雪の無い時は馬で草津まで物資を運び、街道が雪で閉ざされる冬は焼いた炭を運んでいたようです。
明日は竹切の話になります。いつ岩菅の山頂にたどり着くのか?


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