2月20日の上林から高天ヶ原までの道路状況




霧雨が降り、まるで4月の道路状況です。
ちなみに高天ヶ原までは最高速度は60キロになります。


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2月20日

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天気 濃霧 気温 +2度

今朝は氷点下に下がらず北から冷たい空気が入り込み霧になっています。
まるで春の天気です。

戦前の昭和15年1940年に札幌オリンピックの開催が決定していましたと書きましたが、国内候補地で志賀高原は軽井沢と組んで立候補していました。
スケートも現在のように室内では無く野外で凍った、ため池などをスレートリンクにしていた時代です。
志賀高原でも蓮池あたりでも出来そうですが、スケートのノウハウはありません。
次の昭和47年1972年の札幌オリンピックも北海道、札幌のインフラ整備のため決まりました。
札幌も地下鉄も出来ましたし現在のインフラはオリンピックのお陰で出来ました。
長野市の長野電鉄も一部地下を走っていますが長野オリンピックとは関係ありません。
昭和39年1964年の東京オリンピックも首都高は出来るは、高速道路も出来るは新幹線もとオリンピックのお陰でインフラ整備は進みました。
日本だけでなく昭和47年1972年の札幌オリンピックの前のオリンピックはフランスのグルノーブルで開催されました。
フランスにスキーに行く機会がありましたので一度行ってみたいと計画したら、現地のスキーガイドに言わせればグルノーブルは工業都市でスキー場もあるけど大した事は無いようです。
そのインフラ整備のためにオリンピックを開催したようです。
グルノーブルの13日間の映画を見て育ちましたので行って見たかったけど断念しました。
フランシスレイの白い恋人たち(邦題)はスキーをされて居られる年配のお客様には名曲だと思います。
話は戻りますが昭和10年には鉄道省より国際スキー場の指定を受け、海外から大勢のスキーヤーを集める使命を課せられました。
よく日帰りで使える施設は無いのかと言われますが、もともと滞在型のリゾートとして計画されています。
また雪質は海外からも東洋のサンモリッツと絶賛されていました。
この事によって志賀高原のスキー場の価値が内外に知られるようになりました。







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