7月5日

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天気 きりさめ 気温12度

前線が掛かり、湿った南風が冷やされて霧になっています。
しばらく前線が停滞するので、梅雨明宣言が撤回になるかもしれません。

雪も落ちれば人も落ちた事があります。
携わったのは1回だけですが1987年昭和62年7月22日の事です。
滑落したのは林間学校で来ていた埼玉県の旧浦和市の中学生の女生徒さんでした。
場所はノッキリまでの中間あたりで、その先にコースは右側のハイマツになる手前の崖でした。
救出そのものは立木にザイルを結び、崖を降下して生徒さんを体力に信頼できる隊員の背中におんぶするような形で乗せザイルで固定して、赤十字の救急法を持っている先輩が折れているかもしれない足を、周りに合った木の枝を切って添木にして結びました。別のザイルをおぶっている隊員の腰に縛り上からゆっくり引いて貰い登山道まで運び出しました。
ザイルを繋いだ記憶は無いので50メートルザイルで足りたので50メートルは降下しなかったと思います。
ところが学校授業の一環の林間学校での事故ですので、大事を取ってヘリを本部で手配しちゃいました。
当時は民間の北アルプスの荷揚げなどを行っている東邦航空さんのヘリでした。
いったん上高地のヘリポートから松本空港に戻り、燃料の補給や装備や地図などを用意してからですのでかなり時間が掛かりました。
稜線に引き上げてからかなり経ってから滑落の事故を聞きつけてローカル局のヘリの方が早く取材に来ました。
ローカル局のヘリは長野市にヘリポートが有ります。
最初は、救助のヘリだと思い一生懸命、光を反射されて合図を送っていたのですが取材のヘリと判ると途端にみんな知らんそぶりをしました。
取材クルーにすれば崖から滑落して手当でもしている映像を期待していたのでしょうが、稜線に座っりこんで休んでいる映では期待外れのようで直ぐに帰って行きました。
ようやく到着した東邦航空さんのヘリも拍子抜けしたようです。
地元の山岳救助隊でも救出出来ない崖の下かと思って救助員も乗せて来たのに登山道でしたので、私たちを見るといったんヘリは寺小屋スキー場に向かい救助員と救助用の資材を降ろして再び現場に戻り、後のドアを開けて怪我人と付き添いを乗せてれて直ぐに飛び上がりました。
記録では17時55分病院収容となっています。
ヘリは便利ですが救出して4時近く掛かっていました。
あの場所からならタンカーで運んでも、東館ゴンドラ乗り場まで2時間も掛からなかったと思います。
後で滑落した女子生徒さんに聞いたら立ち眩みを起こしたそうです。
崖がある稜線伝いに歩きますと、なんとなく落ちそうで怖いと思われる方が居られると思いますが私の知る限りではその1件だけです。


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