3月23日

DSCN2205.jpg

天気 快晴 気温-7度

雪が舞い木々はキラキラ輝き、ピステンは輝いています。
今朝はマイナス10度以下まで下がりました。
今晩から西高東低冬型気圧配置に戻り雪の予報です。
しかし関東では25度を超えて夏日だと言うのにまだ志賀高原は冬です。

戦後、1946年昭和21年に志賀高原ホテルが米軍の進駐軍に摂取されて近代スキーが始まりました。
進駐軍からスキー雑誌を見せられて、写るているリフトを掛けるように命じられました。
戦争賠償の一環として進駐軍の命令は絶対です。
群馬県の万座の先に小串鉱山がありました。そこでは硫黄を取っていたのですが、それを索道を掛けて長野県の須坂駅まで運んでいました。
DSCF2128.jpg

写真は現在も残っている索道の支柱です。

そこの技術者と資材により日本初のリフトが現在の丸池トリプルリフトの場所に掛けられました。
丸池のAコースは残っていますが右側にB、Cと3本のコースとジャンプ台まで作らされました。
当然リフトは米軍専用で日本人は乗ることが出来ません。
そこで昭和23年には現在の丸池第2ペアリフトの場所にロープトゥを掛けちゃいました。
焼玉エンジンでドラム缶を回して綱引きに使うロープを繋げて作っちゃいました。
DSCF1799.jpg

※写真は志賀高原スキー史より拝借しました。
今時、ロープトゥを知って居られる方は少数だと思います。

山スキーから現在のゲレンデスキーが始まったのは志賀高原が最初です。
日本の近代スキーの始まりです。
最初に2人乗りリフトが掛かったのは私どもの横の西舘第2リフトですし、現在クワッドリフトと言っていますが高速循環リフトも高天ヶ原が最初です。
その都度、関係者が大勢視察に訪れました。

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