6月29日

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天気 はれ 気温15度

ようやく夏空が広がっています。
昨日午後、下界は強い雷雨になったようですが、山沿いは遠雷は聞こえましたが雨は降りませんでした。
お山の上あるあるですが曇りで気温が上がらず、温度差が少なく雷雲は発達しませんでした。

前に、遊歩道や登山道を開ける時1軒から1名出席して、怪我と弁当は自分持ちの「お天馬」と言う制度があると書きました。
調べると他では無いようなので、この辺りの呼び名かもしれません。
江戸時代この辺りは真田藩(松代藩)の領地でした。
幕府は豊臣から寝返った真田を見張るため、現在の中野市に幕府直轄の天領を置きました。
年貢などは真田藩に納めますが、天領から幕府のお役人様が馬に乗って外様の領民に、この道を直せだの河川を改修しろと直接命令を出しました。
幕府のお役人様に逆らう訳には行きません。
そのため1軒から1名出席してその作業を無償でしていました。
その作業の事を、天領から馬に乗って指示を出しましたので、天馬、敬語の「お」を付けてお天馬作業と呼ぶようになりました。
天領の領民は優遇されていて、天領に流れる水はすべて天領の水と外様り領民は目の前に流れる夜間瀬川などの水は使うことを許されませんでした。
明治になって廃藩置県で最初長野県は中野県でした。
明治新政府も資金がありませんでしたので、天領時代の代官所などを県庁として使い中野県と名前が付きました。
ところが中野騒動と言う動乱があり、庁舎が焼き討ちにあったため現在の長野市に移り長野県となりました。
歴史にIFはありませんが、騒動が無ければ中野県のままだったかもしれません。
長くなりましたので続きは明日へ



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