7月26日

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天気 霧雨 気温12度

今し方から霧雨が降り出しました。
天気図を見ても夏らしくない気圧配置です。

ガイドブックに出ていない話としてはアライタから水路伝いに歩きますが
なぜアライタから水路が有るかはガイドブックには書いてありません。
高天ヶ原に水を引くために設けた訳ではありません。
水路の中にパイプが有りますが、パイプ設置は昭和40年代だと思います。
高天ヶ原の水が足りないので、分けてちょうだいと設置しました。
実は、真田丸で騒いでいますが江戸時代、山ノ内町は真田藩の領地でした。
中野市に真田藩を見張るために幕府直轄の天領が置かれ、志賀高原から
角間川と横湯川の2本が流れていますが外様大名の領地の領民は
目の前に流れている川の水を引くことが許されませんでした。
天領に流れている水はすべて天領の領民のものと
そこで、天領に流れない反対側へ流れる水を水路を作り引きました。
志賀高原内には2つありアライタからは上条セギになり、横手山の裏からは
利根川に流れる水を引いた寒沢セギが有ります。

江戸時代に人力で作られました。メンパ(木で出来た弁当箱)に水を入れて
水平を測って作ったそうです。
崖に木槌とのみで溝を掘って開けた箇所もあります。

現在、山ノ内町の場合 生活圏は中野市ですが平成の大合併の時、中野市と
合併の話が出ていましたが住民投票の結果わずか14票差で否決になりました。
長野オリンピック開催のため道路が計画されましたが中野ICから志賀高原に向かう場合
有料のトンネルを通りますが計画では現在山ノ内町に入る前の高架まで
来るように計画されていましたが、高架で素通りされるのはケシカランと反対運動が有りました。
結果、現在ド田舎には似合わない4車線の道路の真ん中にスペースが空いていますが
実は、高架のための柱の予定地でした。
現在トンネル料金は100円ですが前は300円でした。皆さんトンネル1本で300円は高いと
思われていましたが幻の高架部分を含めての料金設定でした。
ついでに歴史話をもう一つ、明治初期 実は長野県は中野県でした。
明治新政府は中野の天領の屋敷を使い中野県にしましたが、中野騒動が起こり屋敷が
打ち壊しになり炎上しましたので現在の長野市に移して長野県になりました。
中野騒動が無ければ長野県は中野県でした。


これ以上は書きませんが、天領の領民と外様の領民の違いは平成の現代でもあります。
アライタの水は本来であれば、雑魚川に入り秋山郷を抜けて新潟県に流れる水です。
アライタから先は江戸時代にメンパに水を入れて水平を測り開けた道です。
そのためほとんど平坦です。
歩きながら思い出して頂けると幸いです。

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