11月25日

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天気 快晴 気温-10度

晴れていますが日中小さな低気圧が通過して再び雪の予報が出ています。
この寒さでスノーマシンはフル稼働です。
昨日は南岸低気圧の影響で雪になりましたが、あまり低気圧が発達しなかったので雪の量は大した事がありませんでした。
週間気圧配置図では28日と12月2日に強い冬型が描かれています 。

さて、東館山スキー場の話題も本日で終わりです。
東館山に空中ケーブルを掛けたのに、全日本スキー選手権は次々に開設されたスキー場に持って行かれた話を書きましたが、1961年昭和36年3月19日に第一回中日杯争奪東館山大回転スキー大会の記載がありました。
天狗の湯に、常連でお越しの中日新聞社主の小山さんのご理解で開催したようです。
一般のお客様も気軽に参加できるスキー大会です。
なぜ3月に開催したかと言うと、標高の低いスキー場は2月いっぱいで営業を終了していて志賀高原はまだ滑れるという事が認知されていなかったようです。
新聞社主催ですので新聞紙面にも大きく取り上げられて、志賀高原は3月でも大会を開催するほど十分滑れると宣伝になりました。
翌年の37年には第一回高天ヶ原大回転スキー大会が4月に開催されました。
後援にはデイリースポーツ新聞社さんがついていました。
中日杯で忘れられないのは入賞の副賞が凄かった事です。
昭和40年からはジャイアントで小賀坂杯のスキー大会が行われるようになるのですが、小賀坂杯の場合はスキーメーカーの小賀坂ですので副賞はスキーなのですが、入賞して副賞を頂いても殆ど自分が履く板ではありません。
表彰台で頂く時はスキーを持ち上げて嬉しそうな顔をするのですが、内心は貸スキー行きかと、みんな思っていました。
私共のレストランにビンデングがついていないスキーが飾ってありますが、貸スキーにもならなかったので残っていました。
中日杯は新聞社主催ですので、新聞に広告を出されているような企業から副賞を集めたようでバラエティーに富んでいました。
忘れられないのは、AKAIのオープンリールのテープレコーダーでした。
まだカセットテープが出てくる前の持ち運びできると言っても、かなりの大きさがありました。
単一電池を10本くらい入れて使った記憶があります。
中日杯は天狗の湯の関 金三郎さんがお亡くなりになられてから西舘に移り、知らない間に終わっていました。
来週は西館山スキー場の話題を書きたいと思います。

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