12月1日

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天気 はれ 気温2度
本日、高天ヶ原マンモス・一の瀬ファミリースキー場営業開始になります。
明け方、一時小雨が降りましたが発達する低気圧の前面では真冬でも雨が降る事はあります。
一週間前の週間気圧配置図では、あまり北上しない予報でしたが今回はかなり北上して980hPa台風並みに発達します。
天気図を見た時は一夜にして全山滑走可能になるかと期待していましたが、北海道は大荒れですが志賀高原も今晩から雪になりますが大した量は望めません。次の強い冬型は6日になります。

1967年昭和42年に西館山にリフト1本掛けてオープンしましたが、コースは新たに初級コースを作りました。
初級コースは現在とあまり変化がありませんが、下の中級と出会う場所は、かなり急でこれで初心者用なのと思われていました。
西館山にリフトが掛かったのですが空いている穴場のスキー場でした。
従業員さんは見えない奥座敷のスキー場だものと揶揄していました。
もう一つ大きな違いがリフト券です。
現在は各社共通ですが(エリア券を除く)当時は会社別でした。
高天ヶ原と西舘は会社が違い両方使えませんでした。
不便を解消するため昭和43年から試行錯誤を繰り返して昭和46年から全山共通券にしました。
私共の横の西舘スキー場は、それほど広くはありませんが昔からありました。
もちろんリフトは掛かっていませんが登っては滑るスキー場でした。
残念ながら西館リフトを掛けた旧志賀高原ロープウェイさんは社史を出されていないので年代は判らないのですが、最初はトロイカと言って馬車のようなものにソリを取り付けて山頂からワイヤーで引っ張り上げるものや、ロープトーを設置しました。
ロープトーの時は、お客様もワザワザ軍手を2枚重ねてはめて捕まっていました。
革の手袋では何度も使っていると破けます。
そのうち阿部さんと言う方が見様見真似で30センチくらいの棒に2本のボルトを通して、ロープに掛けて棒にはTバーの形式をまねてロープトーのTバーを作りました。
周りからは、よいアイデアなので特許を取ったらと言われていました。
その後、昭和45年に日本初の2人乗りリフトが掛かりました。
西館第2リフトが掛かるまではアクセスが悪く、人気の無いスキー場でした。
たしか高天ヶ原スキー場は常にリフト待ちで並んでいたので、スキー場入口に「待たずに乗れる穴場の西館スキー場」と看板が出ていた記憶があります。

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