12月16日

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天気 快晴 気温-13度

今朝はマイナス15度以下まで下がりました。
現在小さな低気圧の前面で晴れています。
絶好の天気・コンデションの中クワッドリフトを動かすかと思ったらこの時間でも上部でスノーマシン稼働しています。

旧志賀高原観光開発の社員も大変でした。
定年が55才で、当然役員への登用は、どんなに頑張ってもありません。
会社に期待を持ち、夢膨らませて入社しても将来像が見えると20年経てばああなるのか、10年経てばと、みんなやる気を無くして行きました。現在は定年は58才くらいに伸びたようですが役職カットは55才です。
頑張って課長になろうが、所長になろうが55才で役職を離れて現場に戻されます。
吹雪の中、ホウキを持たされてリフトの係員に戻ります。
また役員でも、経営資質の無い役員も居ります。
ただ、じっとしていてくれれば良いのですが、能力が無くても出来る指示があります。
それは経費削減!!売上を伸ばすとかは能力や経営努力が必要ですが、その一言は誰でも言えます。

現在の志賀高原リゾート開発は3社合併2社譲渡で出来た会社です。
ボタンの掛け違いを正すために出来た会社です。
役員も地区選出を辞めて、現在社員の中から執行役員を選び運営を行う様になりました。
昔なら、役員は重役出勤でした。
渋温泉などの旅館のご主人ならお客様をお見送りして山に登って来て、お客様がお着きになる前に帰ります。
現在は社長が一番早く出勤して一番遅く帰っています。
徐々に理想的な会社になりつつあります。

あ!!忘れていた。
実は、西舘山にリフトが掛かる時こんな出来事がありました。
最初は祖父が今度こそ自分でリフトを掛けようとしたら、1軒で遣るのは認められないと、それで当時私共を除く高天ヶ原地区5軒でリフト会社設立の話がありました。
当時、私の父はこの場所でキャンプ場を遣っていました。
余談ですがそのため面積が広いです。
それで夏はキャンプ場、冬はリフトと、大人が集まって話しているのを子供心に聞くとは聞いて思いました。
自分の将来はリフトかと、運転室でストーブに当たっているのは良いけど、吹雪の中ホウキを持たされて立っているのは嫌だと思いました。
結局は、旧志賀高原ロープウェイさんが遣る事になりましたが「アナザーストーリー運命の分岐点」もし西館に高天ヶ原旅館組合で掛けていたら現在は?
1.今だかつて、昔ながらのシングルリフト1本のスキー場(リフトからガチャガチャ音がでます)
2.常に最先端のリフトを掛け続けた会社(フゥデークワッドなんてもう古いもんねと、前に書きましたがコンビリフトかも)
3.旅館で掛けたリフトなので熊の湯さんのように、予約があればたとえ雨の予報が出ていても雪を作らんかと作っていたかも

私の父は2度の運命の分岐点がありましたが、お客様にとってもアナザーストーリでした。

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