3月13日

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天気 うす曇り 気温-8度

今し方まで晴れていましたが南から雲が出てきました。
昨日は絶好の天気コンデションの中、お客様最後まで楽しまれていました。
今シーズンこれが最後のお客様にはよい思い出になったと思います。
もちろんまだ終わらないお客様にとっても最高の1日だったと思います。

この土日、お見えの大勢のお客様から楽しみにしていると応援を頂きました。
考えて見れば、オリンピックに携わった方が、そうそう周りにいる訳はありませんもんね。
1989年平成元年3月にはオリンピック誘致のためワールドカップ志賀高原大会が開催されました。
スラローム(回転)はジャイアント、ジャイアントスラローム(大回転)は西舘を使いました。
スラロームの時は、当時一世を風靡したインゲマル・ステンマルクの引退試合と入場料無料と言う事もあり大勢のギャラリーが押し寄せました。
ジャイアントスキー場の真ん中をネットで仕切って下から見て左側がコースで右側全部が観客スペースでした。
スキー場の半分がギャラリーで埋まりました。
通常スキー大会でギャラリーと言えば関係者だけです。
大会終了後ステンマルクの引退セレモニーが行われステンマルクが滑ったのですが、割れんばかりの拍手歓声と一目見ようと大勢の方がネットに押し寄せていました。
私はネットの内側で遮るものは何も無い中で見ていました。
その時、大会役員も良いものだなと思いました。
ネット越しで後から押されたり揉みくちゃにされながら声を掛けてくる友人も降りました。
ネット一枚隔てているだけですが不思議な感覚にもなりました。

実はその時、初めて掘れる旗門の場所に水を撒きました。
それもFIS(国際スキー連盟)のTD(技術代表)の指示で、本人自らチェーンソーで雪に溝を入れながらジョーロで水を撒いていました。
コースに水を撒くのは初めて見ました。
それと焼額で、ワールドカップの最終を飾る両側に同じ旗門を2本立てて2人同時に滑って競うデュアルレースが現在のオリンピックコースで行われたのですが、当時は尾根伝いの林間コースでゴール地点は木々が生い茂り幻想的な雰囲気の場所でした。
オリンピックが決まれば、本当にこの場所で出来るかの雰囲気の場所でした。

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